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神戸地方裁判所 昭和63年(ワ)1327号 判決

原告(反訴被告)

成田篤勇

右同

西田勝二

右両名訴訟代理人弁護士

岡田丈二

右同

向田誠宏

被告(反訴原告)

森本光子こと

黄光喜

右訴訟代理人弁護士

前田貢

主文

一1  原告(反訴被告)らと被告(反訴原告)との間で、原告(反訴被告)らの被告(反訴原告)に対する別紙事故目録記載の交通事故に基づく損害賠償債務が、金一八〇万〇七一一円を超えて存在しないことを確認する。

2  原告(反訴被告)らのその余の本訴請求をいずれも棄却する。

二1  反訴被告(原告)らは、反訴原告(被告)に対して、各自金一八〇万〇七一一円及びこれに対する昭和六一年一二月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  反訴原告(被告)のその余の反訴請求を棄却する。

三  訴訟費用は、本訴反訴を通じてこれを一〇分し、その一を原告(反訴被告)らの、その九を被告(反訴原告)の、各負担とする。

四  この判決は、反訴原告(被告)勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

以下、「原告(反訴被告)成田篤勇」、「原告(反訴被告)西田勝二」をそれぞれ単に「原告成田」、「原告西田」と、「被告(反訴原告)」を単に「被告」と、略称する。

第一  当事者双方の求めた裁判

一  本訴

1  原告ら

(一) 原告らと被告間で、原告らの被告に対する別紙事故目録記載の交通事故に基づく損害賠償債務が金一〇〇万円を超えて存在しないことを確認する。

(二) 訴訟費用は、被告の負担とする。

2  被告

(一) 原告らの請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は、原告らの負担とする。

二  反訴

1  被告

(一) 原告らは、被告に対して、各自金一四〇三万一八五四円及びこれに対する昭和六一年一二月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(二) 訴訟費用は、原告らの負担とする。

(三) 仮執行宣言。

2  原告ら

(一) 被告の反訴請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は、被告の負担とする。

第二  当事者双方の主張

一  本訴

1  原告らの本訴請求原因

(一) 別紙事故目録記載の交通事故(以下、本件事故という。)が発生した。

(二) 原告成田は、本件事故当時原告車の所有者であり、原告西田は、交差点を左折進行する際の安全確認義務違反を内容とする過失により、右事故を発生させた。

よって、原告成田には、自賠法三条により、原告西田には、民法七〇九条により、被告が右事故により被った損害を賠償する責任がある。

(三)(1) しかしながら、被告の本件損害は、現在金一〇〇万円を超えて存在しない。

(2) しかるに、被告は、原告らの右主張を争い、被告の右損害が右金額を超えて存在する旨主張している。

(四) よって、原告らは、本訴により、原告らと被告間で、原告らの被告に対する本件事故に基づく損害賠償債務が金一〇〇万円を超えて存在しないことの確認を求める。

2  本訴請求原因に対する被告の答弁

本訴請求原因(一)、(二)、(三)(2)の各事実は認める。同(三)(1)の事実は否認。同(四)の主張は争う。

被告の本件損害が原告ら主張の金額以上に存在することは、後記反訴において主張するとおりである。

二  反訴

1  被告の反訴請求原因

(一) 本件事故の発生、原告らの本件責任原因は、本訴請求原因(一)、(二)のとおりであるから、これをここに引用する。

(二) 被告の本件受傷内容及びその治療経過

(1) 頭部・右肩部・肘部・右腸骨部打僕症、右手背部擦過傷、頸部捻挫。

(2) 塩谷外科 昭和六一年一二月二七日から昭和六二年四月二〇日まで通院。(実治療日数九二日)

松川神経科 昭和六二年一月一六日通院。(実治療日数一日)

西病院 昭和六二年四月二一日から同年七月三一日まで通院。(実治療日数七九日)

山本リハビリ整形外科 昭和六二年八月三日から昭和六三年六月一七日まで通院。(実治療日数一九一日)

神戸大学医学部付属病院 昭和六三年六月一日、同月九日通院。

(三) 被告の本件損害

(1) 治療費 金四一三万一六二四円

(a) 塩谷外科 金七四万三九九四円

(b) 松川神経科 金二万四〇〇〇円

(c) 西病院 金四九万九三〇〇円

(d) 山本リハビリ整形外科 金二八五万六八七〇円

(ただし、昭和六三年一月六日以後は、国民健康保険を使用し、同年六月一七日までの自己負担分のみを請求。)

(e) 神戸大医学部付属病院 金七四六〇円

(2) 通院交通費 金一八万一六〇〇円

塩谷外科分 金九万二三〇〇円

通院九二日の内六五日分として、JR六甲道から兵庫まで往復金三二〇円(バス)、タクシー往復金一一〇〇円、合計金一四二〇円を要した。(ただし、一日分。以下同じ。)

しかして、右通院六五日分の合計は、金九万二三〇〇円となる。

山本リハビリ整形外科分 金八万九三〇〇円

通院一九一日の内九五日分として、タクシー往復金九四〇円を要した。

しかして、右通院九五日分の合計は、金八万九三〇〇円となる。

右通院交通費の総計は、金一八万一六〇〇円となる。

(3) 休業損害 金八〇四万二二二四円

(a) 被告は、本件事故当時、「あじさい」の商号で、従業員二名を使い、喫茶兼スナックを経営していたところ、右「あじさい」の昭和六一年度の売上は金二一九〇万円であり、これから、仕入れ・従業員の給料・諸経費を差引いた純利益は、金八〇〇万円であった。

(b) 被告は、本件受傷治療のため、昭和六二年一月一日から右「あじさい」の営業を休業せざるを得なくなった。

(c) 神戸市による真野住環境整備モデル事業がその時以前に計画されており、右事業が実施されると被告が経営していた右「あじさい」の店舗も一時立退き昭和六二年二月初から右住宅完成までの約一年間は他の仮設店舗で営業することになっていた。

しかし、被告は、右受傷治療のため右仮設店舗での開店も不可能になり、結局、右営業を中止したまま現在も休業中である。

(d) 被告の本件休業損害は、昭和六三年五月末日までの一か月金六六万円の割合による一七か月分合計金一一二二万円となり、これから右事業につき神戸市より支払われた約三か月分の営業補償金三一七万七七七六円(この中には、給与補償・得意先喪失補償が含まれておらず、これらは別に補償されたため、この営業補償は、被告個人の所得補償である。)を差引いた金八〇四万二二二四円である。

(4) 後遺障害による逸失利益 金七四万四四〇〇円

(a) 被告の本件受傷は遅くとも昭和六三年六月九日症状固定したところ、被告には、これに伴い障害等級一四級該当の後遺障害が残存した。

被告は、本件受傷当時、五三才(昭和八年一二月一五日生)であり、同人の変形性脊椎症に加令による増長があるとしても、右後遺障害が本件事故に起因することは明らかである。

(b) 被告の右後遺障害の存続期間は、今後少なくとも二年間、右後遺障害による労働能力の喪失は、五パーセントである。

(c) よって、被告の右後遺障害による逸失利益の現価額は、金七四万四四〇〇円となる。

(ただし、新ホフマン係数は、1.861。)

800万円×0.05×1.861=74万4400円

(5) 慰謝料 金二〇〇万円

(6) 弁護士費用 金七〇万円

(7) 本件損害の総額 金一五七九万九八四八円

(四) 損害の填補

(1) 被告は、本件事故後、原告らから、本件損害に関し合計金一七六万七九九四円を受領した。

(2) そこで、右受領金を本件損害総額から控除すると、残損害は、金一四〇三万一八五四円となる。

(五) よって、被告は、反訴により、原告らに対して、各自本件損害金一四〇三万一八五四円及びこれに対する本件事故の日の翌日である昭和六一年一二月二八日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の各支払いを求める。

2  反訴請求原因に対する原告らの答弁

反訴請求原因(一)(本件事故の発生)、(三)(原告らの本件責任原因)、(二)(1)(被告の本件受傷内容)の各事実、同(二)(2)中被告が塩谷外科、松川神経科、西病院へその主張する期間(実治療日数を含む。)通院したこと、同人が昭和六二年八月三日以後山本リハビリ整形外科へ通院したことはみとめるが、同(二)(2)のその余の事実は全て不知。被告主張の本件治療期間中本件事故と相当因果関係に立つ治療期間は、全治三か月以内のものである。被告の主張する長期治療は、同人の既存の症状に対する加令現象等が極めて大きく寄与しているものであって、右長期治療期間中三か月を超える治療は、本件事故と相当因果関係に立たない。同(三)(1)中被告主張の治療費中昭和六一年一二月二七日から昭和六二年七月三一日までの治療費が金一二四万三二九四円であることは認めるが、同(1)のその余の事実は争う。同(2)中被告が塩谷外科、山本リハビリ整形外科に通院したことは認めるが、同(2)のその余の事実は全て争う。山本リハビリ整形外科への通院治療は、前記のとおり本件事故との相当因果関係がない。同(3)の休業損害については、金八三万二九〇〇円の限度で認めるが、右金額を超える金額は争う。被告は、遅くとも昭和六二年四月末日の時点で就労が可能であった。したがって、同人の右休業損害も、同人が本件事故に遭遇した時点から昭和六二年四月末日までの期間において算定すべきである。しかも、同人の右期間内における収入を立証する証拠がないから、同人が右事故後喫茶営業を行っていた一か月は金二五万円の、その後同年四月末日までの三か月は賃金センサスにしたがい一か月金一九万四三〇〇円の、各収入を得ていたとして算定すべきである。その結果、同人の右休業損害は、金八三万二九〇〇円となる。同(4)の事実は全て否認。被告に本件受傷に基づく後遺障害は存在しない。したがって、同人に右後遺障害による逸失利益が生じることもない。同(5)の慰謝料は、通院分として、金六〇万円の限度で認めるが、右金額を超える金額は争う。同(6)の事実は不知。同(7)中被告の本件損害が金一〇〇万円の範囲内であることは、後記のとおりである。(四)(1)の事実は認める。(ただし、治療費金七六万七九九四円を含む。)同(2)の事実及び主張は争う。同(五)中被告の本件損害が金一〇〇万円の限度で存在することは認めるが、同(五)のその余の主張は全て争う。被告の本件損害の総額は、金二六七万六一九四円であるところ、これから損害の填補金一七六万七九九四円を控除すると、その残額は金九〇万八二〇〇円となる。これに同人の昭和六二年八月分の治療費を加算しても同人の本件損害残存額は金一〇〇万円を超えない。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

第一本訴関係

一本訴請求原因(一)、(二)、(三)(2)の各事実は、当事者間に争いがない。

右事実に基づくと、原告成田は自賠法三条により、同西田は民法七〇九条により、被告が本件事故によって被った損害を賠償する責任を負うところ、右各責任は、不真正連帯の関係に立つと解するのが相当であるから、原告らは、連帯して右責任を負うというべきである。

二しかして、被告の本件損害が金一八〇万〇七一一円であることは、後記反訴請求に対する判断において認定説示するとおりである。

右認定説示に基づくと、被告の本件損害が、原告らにおいて不存在の確認を求める本訴請求の範囲を超えて存在することが明らかである。

三よって、原告らの、同人らと被告間で、原告らの被告に対する本件事故に基づく損害賠償債務が金一〇〇万円を超えて存在しないことの確認を求める本訴請求は、右金一八〇万〇七一一円を超えて存在しないことの確認を求める限度で理由があるが、その余の請求部分は、理由がないというべきである。

第二反訴関係

一本件事故の発生、原告らの本件責任原因、右両名の右責任関係等は、前記本訴請求に関して認定説示したとおりである。

よって、右認定説示をここに引用する。

二被告の本件受傷内容及びその治療経過について判断する。

1  被告の本件受傷内容〔反訴請求原因(二)(1)〕は、当事者間に争いがない。

2(一)  被告がその主張する期間(実治療日数を含む。)塩谷外科、松川神経科、西病院へ通院したこと、同人が昭和六二年八月三日以後山本リハビリ整形外科に通院したことは、当事者間に争いがない。

(二) 本件事故との被告の主張する本件治療期間との間に相当因果関係が存在するか否かが本件の根本的争点になっている。

よって、以下、この点について判断する。

(もっとも、原告らは、前記本訴請求の趣旨及び反訴請求原因に対する答弁内容からすると、被告の本件治療費中本件事故当日の昭和六一年一二月二七日から昭和六二年七月三一日までの分を本件損害として認めているので、争点となる右治療期間は、昭和六二年八月一日以後の分となる。)

(1)  〈証拠〉によれば、一見被告の主張事実、すなわち同人に対する昭和六二年八月一日以後の治療についての相当性が肯認されるかの如くである。

なお、〈証拠〉によれば、被告が昭和六二年八月一日以後主たる治療を受けたのは、山本リハビリ整形外科であり、右病院の被告に対する診断傷病名は、外傷性頸部症候群・背腰部挫傷であることが認められる故、結局、右争点は、右病院の右傷病名による治療が相当であるか否かにあると解される。

(2)  しかしながら、原本の存在及び〈証拠〉を総合すると、次の各事実が認められる。

(a)ⅰ  本件事故現場は、東西に通じる幅員三八メートルの道路(国道二号線。ただし、中央に幅員三メートルの中央分離帯がある。)と右国道から南に分岐する幅員6.8メートルの道路及び右国道から北に分岐する幅員6.4メートルの道路から成る、ほぼ十字型の交差点である。(なお、右事故現場の路面は、平坦なアスファルト舗装で、右事故当時、晴天のため乾燥していた。)

右交差点には、車両用及び歩行者用各信号機が、右交差点の東西に、南北に通じる横断歩道が、それぞれ設置されており、本件事故当時、右各信号機は、作動していた。右国道の南側には幅員4.2メートルの、北側には幅員四メートルの、各歩道が車道に接続して設置されている。

ⅱ  原告西田は、本件事故直前、原告車を運転して右交差点の南北に通じる道路を南から北へ向かって進行し、右交差点内を左折(ただし、原告西田の進行方向を基準。)しようとした。同人は、右交差点南側約一一メートルの地点で、対面信号機の標示が青色であることを確認し、時速約一五キロメートルの速度で右交差点に侵入左折を開始した。一方、被告は、右事故直前、自転車に乗って右交差点南側歩道上を西から東に普通の速度で進み、右交差点西側横断歩道付近に至ったところ、右横断歩道の歩行者用対面信号機の標示が、青色であった。そこで、同人は、右横断歩道を通り右交差点北側歩道へ行こうとし、自転車に乗ったままそのままの速度で右横断歩道上へ進出した。

そして、被告の自転車が約1.8メートル右横断歩道上に進出した時、左折西進して来た原告車が、右自転車の前方を横切る形となり、原告西田が急ブレーキを掛けたが間に合わず原告車の左前部付近が右自転車の前輪右側付近と接触し、そのため、被告が同人の左側同接触点から約0.8メートルの地点に転倒して、本件事故が発生した。

なお、原告車は、右事故発生地点から約一メートル前進して停止した。

ⅲ  原告車と被告自転車の本件事故後における損傷状況は、次のとおりであった。

α  原告車 車体左前角部擦損。ただし、同部分に凹損や変形は認められない。

したがって、極軽度の擦過痕が、同部分に生じていたものと推認される。

β  被告自転車 前輪フォーク右側部擦損。ただし、同部分に凹損や変形は認められない。

したがって、極軽度の擦過痕が、同部分に生じていたものと推認される。

(b)ⅰ  右事実関係に基づく力学的解析結果によれば、被告自転車が原告車に接触された時に受けた衝撃加速度は0.6G程度か、場合によっては2.9〜4.1G程度、被告が本件事故現場路面に転倒した時に同人に加わった平均衝撃加速度は4.6〜6.5G程度であったと推定される。

一般に、自動車の急制動時に受ける加速度は0.7〜1G程度、パラシュート着地時のそれは三〜四G程度、航空機のカタパルト発進時のそれは2.5〜6G程度とされている。

したがって、本件事故において被告自転車が原告車に接触された時に受けた外力は、自動車の急制動時に受ける衝撃よりもやや小さいか、場合によってはパラシュート着地時とほぼ同程度で、被告が同転倒時に受けた外力は、パラシュート着地時または航空機のカタパルト発進時の衝撃とほぼ同程度かやや大きい程度のものと判断される。

なお、被告は、本件受傷内容からすると、同人の右側から本件路上に転倒したことになるが、それは、同人が乗っていた自転車の不安定さのためそのバランスが崩れ、本件接触地点から約0.8メートルの地点において、何かのはずみで右側に転倒し、本件受傷をしたものと考えるのが妥当である。

いずれにしても、右力学的解析からすると、被告には本件転倒時反射的防禦体制を取る時間的余裕があったので、同人は、無意識的に上肢等で衝撃をやわらげ得たと、また、原告車との本件接触時に水平方向の外力が加わるので、被告の身体は、本件事故現場の路面上に到達後も横方向に擦過的にやや移動したと、それぞれ考えられる。

この点から、被告が右路上に転倒した時、同人の頸部における所謂鞭打ち運動や頸・腰部の過屈曲、過伸展、過捻転は起こり難い。

ⅱ  作用外力の強さと所謂鞭打ち症発生の関係については、要約的にいうと、追突事故において被追突車の乗員が全く不意をつかれた場合でも、二〜四G位の衝撃加速度では、頸椎椎体の骨癒合等頸部に著しい可動域制限がある場合を除き、所謂鞭打ち症は発生せず、さらに、右乗員が衝突されることを予測して身構えた場合には、同人の頸部筋肉は、五G位までの衝撃に耐え得るものと考えて差し支えない。

しかして、追突事故における右結果は、全ての交通事故の形態に妥当するものと考えて差し支えないところ、実際には、正面衝突や側面衝突等では、追突事故よりも同症が発生し難いことが知られている。蓋し、正面衝突や側面衝突等では、被害者が衝突を予知して無意識の内にも頸部を緊張させる等防禦姿勢を取り得ることが多く、しかも、前屈や側屈の場合には、胸部や肩により過屈曲が妨げられるからである。

ⅲ  被告の本件接触時及び路面転倒時における衝撃加速度の程度については、右認定のとおりである。

そこで、本件において、被告に頸部捻挫(所謂鞭打ち症。以下同じ。)発生の可能性について検討する。

α  被告の背椎に既存病変のない場合

本件接触時

被告は本件事故当時自転車に乗っていたのであるから、乗用車の場合のようにシートバックは存在しないので乗用車の場合のように体幹部が移動し頭部に二倍の加速度が加わったとは考えられず、同人には、本件接触時の衝撃加速度とほぼ同程度の加速度しか働かなかったと考えるのが妥当である。すなわち、仮に右加速度を乗用車追突事故に当てはめるとすれば、被害車に二G程度の衝撃加速度が作用した場合に相当し、同人に頸部捻挫が発生する可能性は考慮し難い。加えて、腰部には、頸部に比して過伸展、過屈曲が生じ難いものである。

したがって、同人に右頸部捻挫が発生したとしても、それは極軽度のもので、長く見積もっても全治三か月以内のものと判断するのが妥当である。

本件路面転倒時

被告が本件事故により受けた打撲症及び擦過傷の内容については、前記のとおり当事者間に争いがない。

右事実から、同人の体幹部全体が本件事故現場路面で打撲しているものと推定され、そのため、同人の頸部及び腰部には、右各部を過伸展、過屈曲させるような力が作用しなかったと判断するのが妥当である。

一般に、人体傷害発生の可能性がある衝撃加速度は三〇Gとされているところ、同人が本件路面転倒時受けた前記衝撃加速度は、その四分の一以下である。

したがって、同人が本件路面に転倒した時にも、同人に頸部捻挫が発生する可能性は、極めて低いと判断できる。

以上、本件事故によって被告の身体上に所謂鞭打ち症として包括される傷害(外傷性頸部症候群を含む。)が発生する可能性は考え難く、仮に発生していたとしても、長くても全治三か月以内のものと判断される。

β  被告に既存症がある場合

被告には、本件事故以前から、加令変化としての変形性頸椎症及び腰椎症が存在した。そこで、右既存症が本件事故により悪化もしくは顕性化したか否かについて検討する。

イ  医学的には、衝撃加速度が弱い場合、被害者に加令変化として既存の変形性頸椎症が症状悪化あるいは顕性化したとしても、疼痛や痺れ等のような症状は一時的・可逆的なものであり、受傷後数日を境に漸次軽快し、長期間にわたるものでないといえる。

ロ  腰椎症(腰椎分離症)が既存症として存在したために小さな衝撃により他覚的には把握できない程度の変化が発生して同症の症状が悪化あるいは顕性化したとすると、右症状は、安静により軽快し、その後は元来存在した腰椎分離症状が持続性あるいは反復性にみられるのが一般的経過と思料するのが妥当である。

本件において、被告の腰椎分離症状に本件事故により急性悪化したと認めるに足りる症状変化はない。また、同人のその後の症状程度は、軽度の腰椎分離症症状の一般的自然経過とみなしても差し支えない推移を示している。

仮に被告に前記診療録等に記載されている腰部・下肢症状(局所的神経症状)が存在していたとしても、右症状は、本件事故による外傷発生を示すものではなく、右事故とは無関係な腰椎分離症に起因すると判断されるし、仮に同人の腰椎分離症症状が右事故により悪化あるいは顕性化したとしても、それは極軽症の、約二週間の通院加療を要すると診断される程度のもので、前記変形性頸椎症の場合と同様に、受傷後おおむね数日を境に漸次軽快し、全治約一〜二週間のものと判断するのが妥当である。

γ  以上、被告の変形性頸椎症や腰椎分離症の症状が本件事故により悪化あるいは顕性化したものとは認め難い。換言すれば、同人に何らかの局所的神経症状が存在するとすれば、それらは、全て右事故以前から存在していた変形性頸椎症や腰椎分離症に起因するものと判断するのが妥当である。

仮に同人の変形性頸椎症や腰椎分離症の症状が悪化あるいは顕性化したとしても、一時的一過性で、全治約一〜二週間のものと判断するのが妥当である。

δ  なお、被告の本件受傷中頭部外傷については、少なくとも本件事故では脳振盪等頭蓋内障害発生はなかったと、右肩・肘部・右腸骨部打撲症や右手背部擦過傷も、全治約一〜二週間程度のものと判断するのが妥当である。

(c)  右認定各事実に照らすと、被告の、同人における昭和六二年八月一日以後の治療、すなわち、山本リハビリ整形外科における外傷性頸部症候群・背腰部挫傷の診断傷病名下の治療も本件事故と相当因果関係に立つとの主張は、未だこれを肯認するに至らない。なお、〈証拠〉によって認められる被告の神戸大学医学部付属病院における治療も同じである。

むしろ、右認定各事実を総合すると、右事故と右治療との間に相当因果関係がないというのが相当である。

(d)  もっとも、右認定説示は、昭和六二年八月一日以後に被告の本件治療に当たった各医師の本件治療行為、すなわち、医学的見地と矛盾するかの如くである。

しかしながら、本件鑑定結果及び弁論の全趣旨によれば、このような現象は、交通事故受傷者に対する現在の医療事情に基づくことが認められる。

すなわち、医師は、交通事故の一般的特殊性のため患者の自覚症状を否定し去るだけの根拠を持たないこともあり、事故後は患者の自覚症状のみであっても患者の生命や健康のために万一の手落ちがあってはならないとの観点から、患者の訴えにかなり大きな比重を置き加療している。このような場合、患者の訴えが仮に誇大であっても、その訴えが強い場合、担当医師は、無碍に放置しておけず、治療を続けなければならないのである。

このような現在の医療事情及び弁論の全趣旨を総合すれば、本件において、昭和六二年八月一日以後被告の治療に当たった各医師も、その例に漏れなかったと推認できる。

右観点からすれば、右各医師の治療行為の存在も、本件についての右認定説示を阻害するものでない。

三次いで、被告の本件損害について判断する。

1  治療費 金一二六万七二九四円

(一) 前記認定説示から、被告の、本件事故と相当因果関係に立つ損害(以下、本件損害という。)としての治療費は、右事故当日の昭和六一年一二月二七日から昭和六二年七月三一日までの分ということになるところ、右期間内の治療費中金一二四万三二九四円の限度で当事者間に争いがない。

(二) 〈証拠〉によれば、西病院における昭和六二年四月二一日から同年七月三一日までの治療費の合計額は、金四九万九三〇〇円であることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

しかして、塩谷外科、松川神経科における治療費の合計が金七六万七九九四円であることは右のとおり当事者間に争いがないから、結局、右全期間を通じての治療費の総額は、右争いのない金額を超えて金一二六万七二九四円ということになる。

2  通院交通費 金五万二五二〇円

(一) 被告の本件通院治療中本件事故と相当因果関係に立つ治療については、前記認定説示のとおりである。そうすると、被告の本件損害としての通院交通費も右治療に関するものに限られることになるところ、右認定説示からすると、被告が本件通院交通費として主張しているものの内塩谷外科分が右損害に該当するというべきである。

(二)(1) 被告が右病院へ通院していた当時の症状については、前記認定のとおりである。しかして、同人が、同人における右病院への通院期間(ただし、実治療日数九二日。この事実は、前記のとおり当事者間に争いがない。)中六五日分の通院交通費を請求していることはその主張自体から明らかであるところ、同人の右通院期間中の右認定にかかる症状からすると、右六五日の内一四日はタクシー・バスを使用(往復。以下同じ。)せざるを得なかったが、残余の五一日はバスで足りたと認めるのが相当である。

(2) 被告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すれば、被告が右通院した当時右タクシー及びバスを使用した場合の交通費は往復金一四二〇円、バスのみ使用した場合のそれは多くても往復金六四〇円であったことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(3) 右認定に基づくと、被告の本件損害としての通院交通費は次のとおりとなる。

(a) タクシー及びバス使用 金一万九八八〇円

(b) バスのみ使用 金三万二六四〇円

合計 金五万二五二〇円

3  休業損害 金一四八万八八九一円

(一) 被告の本件受傷が全治約三か月以内のものであったことは、前記認定説示のとおりである。

しかして、被告が本件休業損害の始期として昭和六二年一月一日からと主張し、原告らが被告の本件治療期間を同年七月末日と認めていることは、その各主張から明らかであり、被告が右期間中就労できなかったことは、後記認定のとおりである。

右認定説示からすると、被告の本件損害としての休業損害算定の期間は、昭和六二年一月一日から同年七月三一日までの七か月分と認めるのが相当である。

(二) 〈証拠〉を総合すると、次の各事実が認められ、その認定を覆すに足りる証拠はない。

(1) 被告は、本件事故当時、「あじさい」の商号で喫茶兼スナックを経営していたところ、同店は、店内に長さ約七メートルのカウンターとテーブル五個があり、一〇人位分の座席がある程度の規模である。しかして、右営業には、被告の外従業員二名(内一名は、パート従業員。)が当たり、その主たる売上は、夜間営業のスナックにあった。

(2) 被告は、税務署に対する昭和六〇年度の所得申告につき、当初その年間所得を金三〇〇万円として申告していた。

ところが、「あじさい」の右店舗が、神戸市において当時進めていた真野住環境整備モデル事業実施のため一時立退かざるを得なくなり、神戸市が、被告に対して、右立退きのための営業補償を支払うことになった。

そして、被告の右所得申告の年間収入が、右営業補償算定の基礎収入とされることになった。

被告としては、右申告に際し右所得を過少に申告していたため、右営業補償額も過少にならざるを得なくなった。そこで、同人は、当時在日朝鮮人西神戸商工会に在籍していた訴外高吉錫に相談をして、右所得申告の修正申告をすることにした。

右高は、その際、被告所有の領収書やメモさらに同人の記憶に基づいて、同人の年間所得を金八〇〇万円と算定した。被告がこれに基づき管轄税務署に対して右修正申告をしたところ、右管轄税務署は、被告の右修正申告を認めた。

(3) 神戸市は、昭和六二年一月、被告の右修正申告による年間収入金八〇〇万円を基礎として右営業補償額一一〇日分金三一七万七七七六円を算定し、これを被告に対して支払った。なお、被告は、同年二月、右店舗から立退いた。

(4) 被告は、昭和六二年一月一日から同年七月三一日までの間、全く従前営業を行うことができなかった。

(三)(1) 右認定各事実を総合すると、被告の本件事故当時の年収は金八〇〇万円と認めるのが相当であるところ、同人は、昭和六二年一月一日から同年七月三一日までの間本件受傷治療のため右事故前の営業を全く行うことができず、右期間に相当の休業損害を被ったというべきである。

(2) 右認定説示に基づき、被告の本件損害としての休業損害を算定すると、それは金四六六万六六六七円(円未満四捨五入。以下、同じ。)となるが、同人は、前記認定のとおり右期間中神戸市から金三一七万七七七六円の営業補償を受けているのであるから、右支給を受けた右金三一七万七七七六円を右休業損害金四六六万六六六七円から控除するのが相当である。(なお、右休業損害から右支給金を控除することは、被告もその主張で自認している。)

しかして、右控除後の右休業損害は、金一四八万八八九一円となる。

4  後遺障害による逸失利益

(一) 〈証拠〉によれば、被告には、その主張のとおり本件後遺障害が存在するかの如くである。

(二) しかしながら、同人の本件受傷の相当治療期間については前記認定説示のとおりであり、本件鑑定結果によれば、被告に本件後遺障害が存在するためには、同人の本件事故の診療経過において後遺障害の客観的診断根拠たるべき他覚的所見を必要とするところ、これが見当たらないこと、右診療経過における頸椎・腰椎のレントゲン検査上本件事故当日と約一年一か月後において相違は認められず、後遺障害発生の積極的診断根拠は存在しないこと、さらに、同人の本件自覚症状が本件事故によって発生した傷害によってもたらされたという客観的根拠もないことが認められる。

右認定説示に照らすとき、被告の右主張事実、すなわち、同人に本件後遺障害が存在することは、未だこれを肯認するに至らない。

(三) よって、被告の本件後遺障害による逸失利益に関する主張は、その余の主張事実について判断するまでもなく、右後遺障害の存在に関する右認定説示の点で、既に理由がない。

5  慰謝料 金六〇万円

被告の本件受傷の内容、その相当治療期間、原告らが本件治療期間として本件事故当日から昭和六二年七月三一日までを認めていること等については、前記認定のとおりである。

右認定に基づけば、被告の本件通院慰謝料は金六〇万円と認めるのが相当である。

6  本件損害の総額 金三四〇万八七〇五円

四損害の填補

1  被告が本件事故後原告らから本件損害に関し合計金一七六万七九九四円を受領したことは、当事者間に争いがない。

2  そうすると、右受領金金一七六万七九九四円は、本件損害の填補として、右本件損害総額金三四〇万八七〇五円から控除されるべきである。

しかして、右控除後の右損害は、金一六四万〇七一一円となる。

五弁護士費用 金一六万円

前記認定の全事実関係から、本件損害としての弁護士費用は金一六万円と認める。

六結論

右認定説示を総合し、被告は、原告らに対して、各自本件損害合計金一八〇万〇七一一円及びこれに対する本件事故日の翌日(この点は、被告自らの主張に基づく。)であることが当事者間に争いのない昭和六一年一二月二八日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める権利を有するというべきである。

第三全体の結論

以上の全認定説示に基づくと、原告らの本訴請求、被告の反訴請求は、いずれも右認定の限度で理由があるから、それぞれその範囲内でこれらを認容し、いずれもその余は理由がないから、それぞれこれらを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、反訴についての仮執行宣言につき同法一九六条を、各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官鳥飼英助)

別紙〈省略〉

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